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過去へのこだわりが強く後悔してしまう… どう考えていけばいいの?【心屋仁之助 塾】

メディアで話題の心理カウンセラー、心屋仁之助さんとその一門があなたの相談に答える「凍えたココロが ほっこり温まる、心屋仁之助 塾」。今回は、「過去にこだわりすぎてしまう」という、みかんさん(38歳・専業主婦)に、心屋塾上級認定講師の高橋かのんさんからアドバイスをいただきました。

© vladimirzhoga – Fotolia.com

■みかんさんのお悩み
私は、過去にこだわりが強いようで、とらわれている感じです。

一歳の子どもの育児をしているのですが、初めての子育てでいろいろ頭がまわらず、新生児の頃の写真について後悔しています。

家族写真がないこと、百日写真の時、写真館にとりにいったのに、着物の写真を撮らなかったこと。なんであのときしなかったんだろうと後悔しています。お店の人に「着物はいいですか?」と聞かれたのですが、 その時はいいかなあと思ったのです。今ではそれが、後悔です。

その後、いろいろと写真をとっているのですが、なかなか過去をのみこむことができません。

「とれなくて残念だった、でも、可愛い写真もとれた」と思うこともあるのですが、周りの人の写真をみると、やっぱり羨ましいなあと感じます。

人と比べてるだけなのか、こんな自分が嫌でなりません。 過去は変えることができない、でも過去にわだかまり、こだわりが強いとき、どう考えていけばいいのでしょうか。アドバイスお願いします。

■心屋塾上級認定講師の高橋かのんさんより
みかんさん、ご相談ありがとうございます。高橋かのんです。

毎日成長するお子さんのかわいい姿は、どれだけ撮っても、撮り足りないものなのではないでしょうか。撮れなかった後悔、小さなことなのにと思えば思うほど、こだわる自分が苦しいかもしれませんね。

百日の着物写真については、あまり詳しくないのでネットで見てみましたが、必ずでもないようですね。お洋服の子もたくさんいました。みかんさんも初めてですから、きっとひとつひとつ、手探りで進めていかれていることだろうと思います。「そりゃー、ないよりは、あった方がいい!」そんな位置づけのものなのかなと私からは見受けられました。

みかんさんは、その写真があったら、何に使いたいですか? ないと、何に困りますか?
 
 

ちなみに、私は、実家に置いていた高校生までのアルバムを、5年程前に引き取ろうと思ったらなくなっていることがわかりました。そのときは、自分の思い出を失ったようで、いえ、高校生までの自分をすべて失ったようで、大事にしてもらえなかった、軽く扱われたようで悲しくて、しばらく母を責めました(笑)。

けれど、いま生活をしていて、それを感じる事は、あまりないんですよね。時折、思い出すと、実感して、がっかりする… そのがっかりがちょっとずつ小さくなる… そんな感じです。だから、みかんさんの今の反応は、いたって普通のことだと思いますし、そんなに嫌がらなくてもよいのではないでしょうか。

写真は、その頃を自分で懐かしむためと、誰かと思い出話をするためにあると思っています。百日写真はあるのです。撮った時は、うれしかったのではないですか? お子さんが大きくなったら、ぜひ、その頃のかわいかったことと合わせて、たくさん話をしてあげてくださいね。

そして、もしかしたら、写真があるないよりも、そうできなかった自分に対する思いが引っかかっているのかもしれません。自分を責めるクセはないですか? 「普通にできないこと」と「自分の判断のダメ(バカ)さ」に対する責めであり、後悔であり、その後悔している自分さえもまた責める…、そんなパターンが多いのではないでしょうか?

「普通にできなくてもいい」「みんなと同じようにできなくてもいい」「ちゃんとできなくていい(してあげられなくてもいい)」とつぶやいてみましょう。そして、過去の自分の判断を尊重してあげましょう。あのときは、あのときで、何かを考えてそうしたのです。そして、それがあのときの自分の最良であり、精一杯だったのですから。

今回のことで言うなら、「知らなかったよね。初めてだったものね」と、“今となっては”ダメだったと思える判断を許してあげましょう。そうやって、人は経験を通してわかっていくのが“普通”なのですから。 だからこそ、人は経験者の話を聞いて参考にするのです。

これからも、いろいろわからないことだらけで大変かもしれませんが、初めてらしく失敗しながら、初々しい自分も含めて、お子さんと一緒に楽しんでいってくださいね。

そして、もしもですが、今、相談する人がいないのだとしたら、いろいろ教えてくれる人を見つけて、頼っていきましょうね!
 
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(高橋かのん)